アルバイト
就職が決まらないまま短大を卒業した奈々子は現在フリーターとして生活をしていた。
この秋に今まで勤めていたファミレスの仕事を辞めた奈々子は次の働き口を探そうと今日も部屋で求人雑誌を読んでいた。
「これもボツ…これも…本当に良いアルバイトってなかなか無いなぁ…」
つけっぱなしになっているTVからは秋の行楽について特集が流れていた。
「……温泉ねぇ…。」何気なくTVを見ていた奈々子は独り言を言った。
再び求人雑誌に目をやった奈々子は温泉という文字に目を止めた。
昨年OPENした桜の湯という日帰り温泉場がアルバイトを募集していた。
「ふーん…あるんだ…こうゆうアルバイト…」奈々子は少し興味を持ってそこに書いてある内容を読み始めた。
「なかなか…良いんじゃない…うーん…なかなか…」
奈々子は手を伸ばしてマーブルチョコを口に運びながらアルバイトの待遇に見入った。
そのうち奈々子の踵がとんとんと床の上でリズムを取っていた。
「うーん…見ればみる程…良いなぁ…あれっ…」奈々子はマーブルチョコの箱の中味が無くなっているのに気づいた。
「……電話してみようかなぁ…」奈々子はテーブルの上の携帯を手に取ると雑誌に書いてある電話番号をプッシュした。
電話に出た女性は非常に丁寧に奈々子に応対してくれた。
「ではよろしくお願いいたしますはい…失礼いたします…。」面接の日時を聞いた奈々子はほっとため息をついた。
「良いなぁ…ここ…」アルバイトの応募にこれほど丁寧に応対してくれたのはここが始めてであった。
無愛想な応対をしてくるところは働く環境もそれなりに良くなかった。
奈々子はどうしてもここで働きたいという衝動に駆られていた。
「良いよ…絶対ここ良い…」人間関係がもとで仕事を転々としていた奈々子はこの桜の湯に期待をしていた。
面接の日がきて奈々子はリクルートスーツとして買った紺のスーツで出掛けた。
支配人の男性はそんな奈々子に好感を持ち簡単な面接をして採用とした。
「明日からは普段着で良いからね…」
「はい…よろしくお願いします…」
奈々子は見送ってくれている支配人と笑顔を交わしお辞儀をすると事務所を出ていった。
翌日から奈々子は桜の湯のスタッフとして働いていた。
「松下奈々子と申します…よろしくお願いします…」
自分の母親くらいのパート達の前で奈々子は挨拶をした。
「松下さん…お幾つ…?」
「22です…」
「あら嫌だ…私の娘と同じだ…」
「ははははははっ…」
手を叩きながら笑い声をあげるパートのおばさん達の前で奈々子は温かい雰囲気を感じ笑顔を見せていた。
受付・接客・調理・清掃と分けられた業務で奈々子は清掃になっていた。
男女・混浴あわせて全部で26もの湯がある桜の湯は休日ともなれば
混雑して満員の為入浴の順番の整理券が客に渡されているほどであった。
「奈々子さん…こっちこっち…」
16人いる清掃担当は4人で1チーム単位となる為4チームで行動していた。
奈々子はD班となりスタッフルームには各班ごとのスケジュールがホワイトボードにビッシリと書いてあった。
「はい…」
勝手の分からない奈々子はキビキビと仕事をこなす40〜50代の女性3人の後を尾いて
与えられた仕事を黙々とこなしていった。
何にでも興味を持ち体を動かすのが好きな性格の奈々子はすこしずつ要領を飲み込んで積極的に体を動かしていった。
そんな奈々子の姿にD班のパート達は奈々子を可愛く思い気遣ってくれていた。
休憩のお茶時間もパート達の輪に加わり奈々子もいつしか笑い声を上げていた。
「どうでした松下さん…?今日はたまたま休館日の特別清掃という事で一日とても忙しかったと思いますが…疲れていないですか…」
帰るときに清掃担当の女性の責任者が声を掛けてくれた。
「大丈夫です…皆さん優しく教えてくれて…助けてもらって感謝しています。」
正直、体がくたくたになっていた奈々子であったが顔に出さずにはきはきと答えた。
「それじゃ…これからもよろしくお願いします…」
「いいえ…こちらこそよろしくお願いいたします…」お辞儀を返した奈々子は久々の充実感を味わっていた。
自転車に乗ってアパートまで帰っていくなか奈々子は満足気に笑顔を見せていた。
すでに働き始めてから1週間たち奈々子はすっかり職場の輪に溶け込んでいた。
やはり一番年下であった奈々子はパート達から奈々ちゃんと呼ばれて可愛がられていた。
奈々子は自分が一人暮らししている事、現在恋人はいない事など休憩の度に若い娘に興味を持つおばさん達に聞かれて告白していた。